2007年8月19日日曜日

戦力の逐次投入と『孫子』

戦術における失敗の典型といわれる「戦力の逐次投入」ですが、戦略・戦術の古典である『孫子』ではどんな形で触れられているのか確認してみました。

直接的に触れているものは見当たりませんでしたが、
戦いの長期化を戒めたり、一気呵成の攻撃を重視する、以下のような言葉がありました。

  • 「故に兵は拙速なるを聞くも、未だ巧久なるを睹ざるなり。」(作戦篇第二)
  • 「勝者の民を戦わしむるや、積水を千仞の谿に決するがごとき者は、形なり。」(形篇第四)
  • 「是の故に善く戦う者は、その勢は険にしてその節は短なり。勢は弩を彍くが如く、節は機を発するが如し。」(勢篇第五)
  • 「故に其の疾きことは風の如く、…、侵掠することは火の如く、…、動くことは雷の震うが如くにして、…」(軍争篇第七)

上記を総合すれば自ずと「戦力の逐次投入」は望ましくないという結論が導かれますが、それにしても身の回りでの「戦力の逐次投入」による失敗がいかに多いことか。。。
効率的な仕事をすることはもちろんなのですが、
「どうせ気づかれないだろうから手を抜いておいて、もし指摘されたらその時に対応すればいいや」
という「エセ効率化」による要領のよさを身に付けてしまっている人が多いのが気に掛かります。
こうした場合、対応が必要になった時点では既に後手に回っているので、泥沼的に工数を奪われるリスクが本当に高いです。

そういえば『孫子』にはこんな言葉もありました。

  • 「故に用兵の法は、其の来たらざるを恃むこと無く、吾れの以って待つ有ることを恃むなり。」(九変篇第八)

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